2006年07月23日

ニート達も年をとるから‥

働かない ( 働けない? ) 人と言えばニートの存在があります。

2006年現在で20歳台の人たちが多いのだと思いますが

20年後30年後、ニート達の年齢は40歳台50歳台

親の年齢も60歳台70歳台となります。

 

親がいなくなったとかで面倒をみる人間がいなくなった場合

収入のないニート達はどのように食べていくのだろう?

企業だって雇用しづらいと思うので就職も出来ないと思うし‥

お腹が空いた時、どんな行動を起こすのだろう?

どこかの建物に侵入して食べ物を頂戴するとか ( それは犯罪です )

そのような人達が増えてしまうのであろうか? ( 少し大げさか? )

でも実際に

食べるに困った人が休日で人のいない幼稚園に侵入して 食べ物を物色する

という事件がありました。 その人は、すぐ捕まったみたいですが‥

警察に 『お腹が空いてしまって‥‥』などと話していたみたいです。

 

そんなこんなと考えるとニートの問題は、非常に大きいと思いますが‥

ニートになってしまった人をどうするかも大切ですが

ニート人口を増やさないことも必要に思います。

もし、ニート人口が急増したらどうなるのだろう?

ちょっと怖い気もします。

 

みんな、食べていくために働きます。

働かなくなることは、食べれなくなるかもしれない事を意味します。

数十年後、ニート達にどんな生活が待っているのだろうか?

 

posted by ロン at 21:33| Comment(9) | TrackBack(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
難しい課題ですね。
中小企業とか零細企業には昔からニートもどきの人が求職にきます。
あきれるほどの転職を繰り返している。もっとも履歴書に書ききれない場合もあるし、隠している場合もあります。
なぜ転職を繰り返すか。。。「毎日働くのがめんどくさい。人生は楽しく過ごしたい」から。だって。
そんな人でもいいから欲しい企業があるのも事実ですし、今も「日雇い」という労働形態もある。
お金が欲しいときだけ働くんでしょう。
今は「ニート」っていうけれど、日本人は「勤勉」というイメージがあったし、悪いものは隠す習慣があったから、昔は気がつかなかったかもしれませんね。

もっとも、精神的に病んでしまって引きこもりになっている人たちも多いという。「親が死んだら自分も死ぬ」という感じで完全に社会との接点を切ってしまっている人たち。犯罪を起こすことはないと思うけれど、そういう死に方を選ぶ人もいるし、先日も親が病気になっても治療費がない。自分が引きこもっていたからいけないんだと親を殺して自殺しようとして未遂に終わった事件もありました。
そういう悲劇をなくしたいですね。
Posted by ら族 at 2006年07月26日 00:26
正直なところ、
その様な事件が増えてしまいそうな予感がします。
外れてほしい予感なんだけどネ。

コメントありがとう。
Posted by ロン at 2006年07月26日 19:44
今のニート連中ははっきり言って危機感がなさ過ぎるね。俺の周りにもいるけど、連中「仕事がない」って感じじゃないよ。探す気がないって感じ。みんな誰しも働かずに生きていけたらなーって願望はあると思うよ。俺だってもし宝くじでも当たれば速攻仕事やめてどっかに引っ込むだろうね。でもそうはいかない。生きるために金が要る。しかし幼稚園に忍び込む、、か。人間最後はそうするしか手がなくなるからね。今の60万のニート連中がみんな大なり小なりこうなるんだよな。こいつらの親が死んであわてて職探ししたってまさか企業が「あなたがやる気出してくれるのを待ってました」なんてことになることは絶対にないんだからね。彼らには一刻も早く現実に目覚めてほしいよ。若いうちならやり直せる可能性は高いんだからさ。
Posted by 安部首相 at 2007年04月14日 18:56
ニート人口60万人は、人数多いですよね。
本人達は、どう思っているか知らないのですが
親が死んだら自分自身も人生終わりにしてもいい
なんて思っている人もいるのかもしれませんね。
本当に若いうちに働く事に目覚めてほしいです。
でも実際にどうしたらいいのだろう?

そういう人たちを集めて‥それから
働ける場所を確保しなければいけないですし
仕事を指導する立場の人も必要ですし
最低限の衣食住も保障しなければいけません。
そう考えると、実際にニートの方を
仕事に従事させるように指導していくという事は
大変なことなのだなとも思います。

しかしながら現在60万人いるニートの人達が
さらに増えていくことも深刻なことであり
だからこそ、ニートの方たちに
仕事に従事してみてほしいと望みます。

しかしニートの人達は、どんな仕事を体験すれば
意欲が沸くのでしょうか?
自然に接する仕事でしょうか?
育てる喜びにを体験できる仕事でしょうか?
自分の作った品により他の人が喜ぶ姿が
想像できる仕事でしょうか?
そうしたら『農業』という言葉が脳裏に沸きましたが
きっと、そんな簡単な事ではないのだろうな
とも思います。
大きな問題ですね。

安部首相さん、コメントありがとう。
Posted by ロン at 2007年04月15日 21:20
俺は逆だと思う。
結局あれこれ周りが世話しすぎてたから
ああなったんじゃないのかな?
率直に言って親がたたき出せばいいんじゃないかと思う。実は仕事はあるんです。ただしそれは例外なくきつい仕事です。工場のラインマンとか土木作業員とかガードマンとかですね。選り好みしすぎてるんですよ。親が死んだ後自分がどうなるかを身をもって理解させないといけないんじゃないかと思う。
私の友人に20のときに親父さんがなくなったやつがいます。高校中退して遊んでたやつが土木作業員を始めたんです。この前会ったら「一人親方」になって自分で現場を持たされるようになったとのこと。25歳で日当15000円もらえばたいしたものです。「親が死ぬのがあと5年遅かったら立ち直れなかったかもしれない」って。意味わかりますか?あと5年プーを続けていたら職人としても一人前になれなかったといいたかったわけです。
ある意味彼は運がいい。20といえばまだまだ本人しだいでどうにでもなる歳。これが35,40となったらどうなってたでしょう?そうなる前に親が心を鬼にして実社会に放り出すべきではないかと思うのは私だけでしょうか?
 かわいそうですか? 自分が死んだ後息子がこそ泥になるほうがよっぽどかわいそうだと思いますね。今のままじゃ「絶対」自分から行動することはないんですし。
Posted by 安部 at 2007年04月21日 17:08
別に可哀想とは思いませんよ。
若いうちの苦労は、とても必要です。
苦労してもがいているうちに身につくものもあり
また、見えてくるものもあるのです。
逆境をバネにして成長した彼は、立派だと思います。

しかし、全員が彼のように成功するとは思えないのです。
だからこそ、苦労する機会を、たとえ強制的でも
提供する必要があるのでは?と思うのです。
しかしながら、苦労だけでは人はついて来ません。
やはり、苦労の末に得られる喜びが必要であり
それに向かい的確に指導する先人の指導が
必要と‥私は思います。
Posted by ロン at 2007年04月21日 21:49
でも俺は思うんだ。
みんなが当然のようにいい生活ができてたのって歴史的に見てほんのこの20,30年くらいのもの。
生きがいとか言ってられるのもです。
まず生きることじゃないかと思う。今プーでも当然のようにいい生活してるわけだけど、それは親のお金で成り立ってるんだから。親が死ねば当然破綻します。まず自分で自分の生活を作れて初めて「喜び」だの何だのいえるのではないでしょうか?
全員が成功しなかったら何ですか?だめならまたチャレンジすればよい。一度失敗すると這い上がれないなんてセンセイ連中が言ってますが今の日本より甘い国はないんじゃないでしょうか?どんな国だろうと一度ドロップアウトしたら底から這い上がるのは大変です。新卒じゃないんです。企業に入るにしても新卒と同じ条件じゃ通じないのは当たり前。まず「社会」があって自分がそれにあわせるしかないんです。「社会が悪い」なんて社会を動かせる人間だけしか言えないんです。
この10年は景気が悪かったから?笑わせてはいけません。もっと景気が悪くても戦争中でもわれわれの祖先はしたたかに生き延びてきたんです。国や企業が傲慢ならこっちはもっとしたたかになればいいんです。
「上に政策あれば、下に対策あり」中国のことわざです。われわれもこのくらいしたたかでありたいものです。 

 
Posted by 安部 at 2007年04月27日 16:36
失敗にめげずに地道にコツコツと苦労を重ねた先にある
成功というのも確かにあるのだと思いますよ。
しかしながら、努力にもそれぞれの方向性があり
どの方向が正しいかなんて分かりません。
そして、たくさんの人が様々な所で切磋琢磨し
自分の生きる道を探しています。
現状に負けず向上心を持って。
そう考えるとこの国もまんざら悪くもない
とも思いますよ。

Posted by ロン at 2007年04月27日 18:58
戦争の話しが出たので、少しだけそんな話しをしようかと思います。
誰が悪いのかとか、そういう事を別として考えるのですが、
太平洋戦争は米国によって仕組まれた要素も多分にあると思われるのです。
当事の太平洋戦争に入る前の日本は、国民の開戦ムードが高く
開戦派がほとんどだったと思われますが、回避しようという動きもあり
日米講和を続けていたはずです。

しかし米国では、そのずっと前から開戦準備をはじめていました。
当事の米国民が戦争に反対という事もあり
開戦する大義名分ときっかけが必要だったのです。
日本は無資源国で石油の海外への依存度は、ほぼ100%です。
当事の石油輸入元は米国だったのです。
日本への輸出を停止すればどうなるのか、結果は目に見えていました。
アジア諸国へ軍隊を出すのも、どんな行為を行う可能性があるかも
米国には、わかっていたのだと思われるのです。
そのうえで開戦から反撃、そして降伏させるまで
そのシナリオを描いていたのです。
きっと、戦術を超える戦略、その上の大戦略が
あったのだと思われるのです。

日本側は、どうだったのでしょう?
きっと、そこまでの戦略は無かったのだと思われるのです。
そして、その戦術の無さは、ある意味
今の日本でも共通なのではないか?
とも、思われるのです。


以上の事より
国民は、現状の中で前向きに踏ん張っていく以外ないし
せいぜいブログに書き込むぐらいの事しか出来ないのですが
国を預かる立場の人は、国民を幸せに導く方法を
その戦略を描いてほしいと思うのです。
きっと、大変なのだとは思うのですが。
Posted by ロン at 2007年04月28日 18:33

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